神は霊とは違う扱いをされています。一神教の神と多神教の神々について、違いや共通点を考察します。

普遍的な神の条件

ハヌマーン

一神教と多神教に共通する神の条件は、『存命の人間ではないこと』の1点のみであると考えます。

多神教では、例外的に生きている人間を神として扱うことがあります。ただし、単に『神』ではなく『現人神』などと呼びますので、名誉称号のようなものと解釈できます。

一神教の場合

地球と太陽

一神教での神は、人類の創造主に対する呼称であると考えられます。もしも、『古代の宇宙人』が人類の進化の過程に関わっているのであれば、神と呼ばざるを得ません。

進化論には、人類の進化に知性が介在していたという要素はありません。意図的な操作もなく、生命が人類に進化したことは奇跡的であると私には思えます。神は人間ではないため、意識がない存在であっても矛盾しません。この奇跡的な出来事の総称を神と呼んでも差し支えないはずです。

多神教の場合

神々

多神教にも人類の創造主は存在しますが、一神教ほど重視されていないようです。

日本の神道では、神々を『八百万の神』と呼び世界の万物にそれぞれ神が宿っているとしています。また、尊ぶべき故人や祖先を神として祀る慣習があります。

多神教では、人間の生命を維持するための各種資源を神として扱っていたのだと私は考えます。毒物や捕食者など人間にとって危険な存在であっても、生態系を構成する要素として尊重したのでしょう。

一神教と多神教の関係

枯山水

私は、一神教の神と多神教の神々は同じものであると考えています。人類を生み出し育んでいる地球・太陽、それらを含む宇宙を総体として神と扱うのが一神教であり、宇宙を構成する全てを個別に神と扱うのが多神教ではないでしょうか。

独自の神の定義として、『人類の認識できない領域を含めた宇宙の全て、および全ての物理法則』を提言します。

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