現実

神秘は非現実なものとして扱われますが、現実こそ神秘的であるのかもしれません。

現実の実体

評象

私たちは目で外界を見ているわけではありません。

目に映った映像が刺激として脳に到達し、受け取った刺激を脳が映像として処理しています。

これが『見る』ということであり、外界を見ているのは脳です。視覚に限らず、触覚・味覚・嗅覚・聴覚についても同じです。

人体の内外で起きたことを直接認識することはできず、間接的に脳で再生された形でしか認識できません。

つまり、私たちが認識できる現実とは、個人の脳の中にしか存在していません。

脳の特色

果実

脳は人体各所にある感覚器からの刺激を受けなくとも、映像などの刺激を感じることがあります。

代表的なものは寝ている間に見る夢ですが、覚醒しているときでも映像を想い描くことはできます。

逆に、感覚器から送られてきた刺激を脳が無視することもあります。

例えば、樹木の果実の色である赤色・黄色には無意識に注目しますが、意識しなければ緑色・青色には注目しません。

現実の正体

アート

私たちは感覚器で知覚できる範囲の外にある事柄も、現実として認識します。

情報伝達の手段としては、他人との会話や文字・音声・映像を記録した媒体を用います。

創作というものも、創作として存在していることに限れば現実です。実際に起きたことに関する記録でも、存在していることに限れば創作と同じです。

創作と記録の違いは、情報を受け取った個人の認識の違いのみです。出来のいい仮想現実であっても『これは現実的ではない』と感じれば創作と認識しますし、その逆であれば記録として認識します。

認識するための根拠を選別しているのは脳です。つまり脳が現実を生み出していることになるのです。

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